ものはためし

書く訓練、備忘録

書きましておめでとう

平成最後のナントカ、という表現には飽き飽きしたと誰かが言っていた。わたしは飽きたとは思わないが、そもそも平成最後というよりも学生最後の年という感覚の方が強い。

年が明けた。

今年初めてのナントカ、というのはなんだかわくわくしていい。今年初めてアフロの人を見た。今年初めて犬にびっくりしてウワッと言った。今年初めてパソコンを

え、ていうか、

明けましておめでとうっていう言い方面白いな、他にこんなのある?寝ましておめでとう。起きましておめでとう。歩きましておめでとう。働きましておめでとう。歌いましておめでとう。電車に乗りましておめでとう。着きましておめでとう。なんか愉快になれるからこれおすすめ。

所謂かわいい服

今年もあと4日というところで今年初めて雪が降った。駅まで走って行ったけど思ってたより電車が遅くて余裕で間に合った。こんなことあるのか。

でかい駅に着き、仕事納めのサラリーマンの群れと共にぞろぞろ歩いた。みんな黒すぎる。かく言うわたしも仕事の規定で黒ずくめだった。

1日中バイトだが、家を出る前にお気に入りのピーチリーフミントの歯磨き粉で歯を磨いてきたので機嫌がいい。

 

バイトが終わって街を歩いた。新年に地元である同窓会的なやつに着ていくかわいい服を買おうと思ったのだ。わたしは寒いのに弱く、冬の服は防寒に徹してしまう。しかしたまにはかわいい服を着るべき時がある。

あまりに長いこと服を買っていなかったので、服の買い方を忘れていた。とりあえず知っているお店をぐるぐる回った。途中、ずっと欲しかった真っ黄色のスウェットを見つけたが我慢した。今日の目的は所謂"かわいい服"で、真っ黄色のスウェットは多分それに入らないと思う。

好きな感じの服がたくさん吊るされているお店に吸い込まれて服を3着買った。会計のときに店員さんからポイントカードを持っているかと問われ、初めて来たので持っているはずがないだろうと思ったがなんと持っていた。最寄りの駅にあるよく行く服屋が系列だと知る。結局同じような服ばかり買っている。

 

家に帰って電子レンジでできるキーマカレーを作って食べた。にんじんと玉ねぎをみじん切りにしてミンチとカレールーとその他もろもろと一緒にチンするだけでできる。わたしはストレスが溜まるとたまに野菜を刻んで発散したりする。しかし今はストレスフリーなのでキーマカレーを作るのに向いていなかった。ぶんぶんチョッパー(紐式のみじん切り器)があれば8秒で野菜が刻めるのにな。やっぱりぶんぶんチョッパーが欲しい。

 

カレーを食べている間ずっと外から奇声と何かを叩くような音が聞こえてきて、治安悪いなあと思っていたがよくよく聴くと火の用心の掛け声であった。年の瀬である。だから何ということもないが少ししんみりした。

 

おわり

女である

クリスマスの夜、サンタの人形がしあわせな色に照らされるショーウィンドウの前を通り過ぎ歩いた。目ん玉が冷えているのを瞬きするたびに感じる。

空に星座が見えた。名前はわからない。はっきりした点々。わたしは自分の頬にあるほくろとそばかすを思い出した。

次の日の昼に目覚めてから思い立って美容院に行った。髪をくるくるにしてもらうためだった。巻き髪が似合うと言われたからすぐパーマをあてるなんて単純である。

美容院には必ず雑誌があって、どうぞお読みくださいと差し出される。1番上にあった吉岡里帆が表紙の雑誌を手に取った。普段雑誌を読まないので読み方が分からなくて困った。とりあえず掴んだまま表紙をじっと見た。

仲のいい男は吉岡里帆を可愛いという。ガッキーと吉岡里帆は男みんな好きだと思う。確かにものすごくかわいいけどなんで男みんな好きなんだろう。

雑誌を開いてみた。吉岡里帆のインタビューを読んだ。彼女は本が好きらしい。わたしも本が好きなので嬉しい。

パーマの液が耳にかからないように耳にカバーを付けられたためになんだか顔全体が熱かった。

仕上がった髪を見せながら美容師さんが、どうですか、と尋ねた。わたしはうわぁ女の子みたいになりましたね、と言った。女の子ですよ、と言われた。

 

電車から外を眺めているとPPという文字が目に飛び込んできた。ポリプロピレン…?街中に組成表示があるとは妙である。よく見るとPPはポリプロピレンではなくパーキングマークのPの看板が乱視で二重に見えただけであった。

電車を降り、新しい髪型を見て似合うねと言ってくれる係に会いに行った。わたしは見せる係。

 

寝た。夢を見た。めちゃくちゃ歯の強い猫を飼う夢だった。猫はわたしの肩に飛び乗って、めちゃくちゃ固い何かの種をバリバリ噛んでいた。歯が強すぎる。金属さえも噛み砕く勢いに見えた。このままわたしも食われる、と思った。

まあ、その覚悟さえあれば食われてもいいが、覚悟はまだできないのだった。

夢五夜

第一夜

こんな夢を見た。

インターホンが連打され、玄関のドアが激しく叩かれた。わたしはベッドに横になって寝ていて、起き上がろうにも体が金縛りのように動かず、訪問者を確かめることができない。ふと、玄関の鍵をしっかり閉めたか不安になる。鍵は閉めた気がするがチェーンもきちんとかけたか?多分かけた、と考える間もドアはガタガタと揺さぶられていて、何を言っているかは聞き取れないが怒号も飛んでくる。ふっとドアが見えた。ドアは、なぜかこんにゃくのように柔らかく、訪問者(おそらく知らないおじさん)がドアをむにょんとしならせて、隙間から侵入しようとしてきた。恐怖のあまり、飛び起きる。

 

第二夜

こんな夢を見た。

ベランダに知らないおじさんが立っていた。わたしは布団に寝ていて、ベランダのおじさんの気配に気づくが、身体が動かなくてそちらを向けない。知らないおじさんがそこにいるのは分かるが、その姿が見えないという恐怖に襲われる。知らないおじさんが言った。「ハッハー、だっさいパジャマだな、そんなの着てて恥ずかしくないのか?」

目覚めた後この言葉を思い出してわたしは大変腹を立てたのだが、(ひとりで寝ていたからだっさいパジャマでも恥ずかしくないのに、勝手に見に来たのはおじさんの方ではないか、うるさいのじゃ) まあその時は恐怖に駆られていたので怒りは湧かなかった。わたしはカチカチに固まった身体をなんとか動かして起き上がり、ベランダの窓に鍵がしっかりかかっていることを確認した。そして、百十番通報しようとスマホを手繰り寄せた。しかし、あのいたって簡単な110という数字がどういうわけか全く押せない。それどころかスマホのロックすら解除できずにもたもたしている。そうこうするうちに、おじさんは窓を破ろうとしているかのように見えた。ここらへんでそろそろ、この身体の動かなさと通報の出来なさは、ちょっと異常なんじゃないかと思った。そう考えると、このパターンは夢でよくあるやつだと気づいた。それでなんとか、夢を振り切って、夢から覚めた。

 

第三夜

こんな夢を見た。

ぶんぶんとうるさいので窓を開けて外を見た。すると何やらドローンのようなものが二機こちらに向かってものすごい勢いで飛んで来るのが見えた。突入される!慌てて窓を閉めたのだが、そのわずかな時間にドローンが何かをこちらに放り込んで来た。鶏卵であった。

すかさずキャッチしたが勢いがよかったので少しヒビが入っていた。するとどこからともなく物知りな人が現れて、その卵の中身に触れるとウイルスに感染するぞと言った。しかし時すでにお寿司。キャッチしたときのヒビから白身が流れ出てわたしの掌に広がってしまった。わたしはウイルスに感染したので、周りの人に移さないように隔離された。気を使ってわざわざ自分から隔離されたのに、不用意にわたしに近づいて来る人がいたので苛ついた。

 

第四夜

友人に、怖い夢ばかり見る話をした。

だいたい知らない人が家に侵入してくるストーリーであることから、その友人はわたしが心理的に人の接近を拒んでいるのではないか、という分析をしてきてそれはある程度納得がいった。あと夢日記をつけていたらそのうち現実と夢の区別がつかなくなるぞと脅された。しかし記録は辞められないのである。

 

第五夜

こんな夢を見た。

とうとう強いおじさんと闘うときが来た。わたしはがんばっておじさんの腕を折って逃げた。

ものすごく怖かったので起きてすぐ家族にその話をした。しかしそれも夢であった。家族とは一緒に住んでいない。起きてから家族に話したことも夢だと気づいたわたしは友人に、夢の話をする夢を見たのだと説明した。しかしそれも夢であった。

目が覚めるとその友人が寝ていた。そうだ、友人が泊まりにきているのだった。友人も目を覚ました。どうやらわたしと話す夢を見たという。内容はよく覚えていないようだった。

ひょっとするとわたしたちは本当に夢の話をしたのかもしれなかった。今となってはもう、お互いがお互いの夢をたまたま見ていただけなのか、本当に寝ぼけたまま会話していたのかを確かめる術がないのだった。

こんな何重にもなった夢を見たのは初めてだった。最初の怖い夢の怖さが薄まってもう遠いものだという感覚があった。そして今も自分は夢を見ているのではないかと思いそちらの方が怖くなる。ほっぺをつねると痛かったのでわたしはおそらく起きている。

 

怖い夢を見て起きるとその日は一日中調子が悪い。なんだかすっきりしないのである。そんなだからもう夢なんてなければよいのにと思う。夢システム、やめませんか?

友人は、自分が怖い夢を見ると動揺して報告してくることがあるくせにわたしの夢システム廃止案には賛同してくれなかった。いい夢は見たいらしい。いいことがあればついでに悪いことがあってもいいのか。悪いことがなければその代わりいいこともなくていいのか。これについてもまとまったらまた書く。

わかりにくい

ここのところ生活のバランスが悪い。何かをしすぎたと思ったらまた別の何かをしなさすぎている。今のところわたしにはまだ理性があるので、この状態をまずいと思えるわけです。けれども心のどこかでは、バランス悪く生きたい、つまり何かひとつだけにすっかり依存してしまって何にも考えずに消えていきたいという願望がある。そしてわたしはこの話をずっとしている。

道に立つアルバイトをした。ただ立っていることだけが求められた。寒かった。

近くに病院があったので救急車が頻繁に通った。緊急車両がサイレンを鳴らしながら通るときわたしは心の中で「がんばれ〜」と応援することにしている。これは働く車そのものに向けての応援であり、乗っている働く人および緊急事態真っ只中の当事者たちに向けての応援でもある。しかし本当のところ自分自身に向けての励ましというのが大きいようにも思う。わたしは前まで緊急車両を見ると勝手に辛いことを考えて悲しくなってしまっていたが、ここ数年、心の中で応援することによりその悲しい気持ちをプラスの感情にかえて立ち向かえるようになったのである。

 

ああいうのもこういうのも、自分だけが感じていることなのか分からないからこうして表現したらひょっとするとドン引きされるかもしれないしはたまた多くの共感を得られるかもしれないし、どちらがいいということもない。

 

道行く知らない人にコンビニのコーヒーをもらった。寒くて疲れてガタガタだったので大変ありがたく、心も身体も温まるという思いでいただいたが、後で考えるとあれはよかったのだろうか?コンビニのコーヒーは缶コーヒーみたいに密封されていないので簡単に毒を盛れる。

いやいや、何のために毒を?ドラマの見過ぎである。

人を疑うことや計算で物を言うことを良しとせず、疑うくらいなら純粋な心のまま毒を盛られて死んだ方がましだと思っていたときがあった。純粋さに拘りしがみついていた。今は、どうだろう。自分が純粋だとかそうじゃないとか考えを巡らせている時点できっとすでに純粋ではないということだけは確か。

休日午後3時

太陽に向かって歩いていた。眩しいから自然と半目になる。何かの反射がまるくきらきら、小さなまるがたくさん見えた。瞬きすると動く。自分のまつげに反射した光だと気づく。皮を剥いたぶどうみたいできれい。ずっとそのきらきらを見ながら歩いた。

徒歩30分の距離は30分歩けば着くのであって、5分立ち止まれば着くのには35分かかる。誰かの家のねことか変てこな看板とか紅葉のきれいな公園のブランコとか、その道にはわたしを引き留めるものがたくさんあった。

道沿いの人々の空気。車を洗う人、散歩する夫婦、12月なのに半袖ではしゃぎ回る兄弟、並んで坂を駆け下りる2歳差くらいの姉妹、これまさに休日午後3時。

坂道のぼりくだり

レポートを書き上げた。提出締め切り時刻ギリギリであった。わたしは近所のコンビニでそのゴミのようなレポートを印刷し、鞄にしまう時間すら惜しんでそのままむきだしで掴んで学校へと急いだ。学校へ向かう坂を登りながら、下ってくる人たちと何人もすれ違ったが、レポートを丸めて手に持ちせかせかと登山するわたしは、どう見ても「期限ギリギリに急いでレポートを提出しに行く人」だと丸わかりだったに違いない。しかしそんなことはどうでもよい。わたしはレポートを無事提出できさえすればよかった。

そのレポートはアメリカ文学の授業で、ハードボイルド小説について書くことになっていた。普段あまり触れないジャンルだったので、アメリカの銃社会やその中で起こる殺伐とした愛憎劇、探偵の活躍などは新鮮だった。

坂を登りながらふと、手に持ったレポートを見た。わたしは大事なレポートを提出しに行くというミッションの最中である。もし今後ろからこの手を銃で撃たれたら、レポートは血まみれになって一枚ずつ風に飛ばされていってしまうではないか!?こんな無防備に、あからさまにレポートを運んでよいのか!?

一瞬の後にわたしは冷静になった。ここは日本である。しかも誰もわたしのレポート提出を阻もうとしていない。それどころか、おそらく誰も、わたしが手に持ったレポートに注意を注いでいなかった。完全に、手に持ったレポートの中のハードボイルドの世界にひっぱられておかしな思考をしてしまっていた。危ない危ない。

学校に到着し、レポートボックスの前でレポートに表紙をつけた。教務の人が学生たちに、もう少しで締め切りなので早く提出するようにと急かしていた。ポストん。わたしのレポートは無事レポートボックスに収まった。時計を見た。ちょうど5分前であった。

帰りの坂道はのろのろ歩いた。自分がいるのとは別の大きな山が向こうにそびえており、ちょうどそこに夕陽が沈もうとしていた。坂から見下ろした街の上に太陽の光のベールができていて神々しかった。わたしはこういう景色を見たときに、「あぁ地球に生まれてよかった」と思う。大袈裟なのは分かっているが、こういう小さなことからどれだけ大きな幸せを得ることができるかが大事だと思っている。

後ろから誰も来ていなかったので立ち止まり、何枚か写真を撮った。わたしは普段あまり写真を撮らない。その理由は綺麗なものを見たまま綺麗に撮れないと悲しくなるからで、悲しくなるくらいなら自分の目に焼き付ける方がいいかと諦めているのだが、その時はそんなことよりもなんとかこの景色を切り取って人に見せたいと思った。

何かすごいものを見たときに、見せたい人が思い浮かぶのはいい。あの人ならなんて言うかな、とか考えながら。

だんだんるんるんしてきて、坂道の最後の方は重力にまかせてちょっと小走りになって下った。あー、別の時に別の長い坂をてくてく下りながら、「もしわたしの足がタイヤだったらさ、多分このまま勢いよく転がって海まで行けちゃうねえ」「そしたらもう戻って来れんなあ。まあ、もし足がタイヤだったらね」という変てこりんな会話をしたな。あれ楽しかったな。

 

おわり