ものはためし

書く訓練、備忘録

痛い

書くことは受け容れることだと思う。私がこうして事細かく書くのは、全て終わった後に読み返して笑える日が来ることを期待しているのと、書きながら自分でも考えをまとめているのと、単純に書くのが好きでストレス発散になるからと色々理由はある。
読むことはどうだろう。自分は色々いいことがあるから書いているけれど、これを公開することには少し抵抗があった。内容が少し暗いのと、ただの闘病日記を他の人が読んで面白いわけがないと思うからなのだが、そんなのはいつもの記事も変わらないと思った。今自分の頭の中の大半を占めているのが「痛い」ならば、それについて書くのが自然だし、とまぁごちゃごちゃ言っても仕方ないのでこの先は興味と時間があれば読む程度でお願いしたい、とだけ言っておく。

 

 

さて、私は今内臓のある部分を患っていて、そこが他の器官と癒着し始めている。らしい。ので身体のあちこちがひどく痛む。あちこちと言ってもだいたい右側が多い。どんな感じかは説明しにくいが、インフルエンザのときの高熱で節々が痛むあれと似ている。あと、そのよくない部分は痛いんだけれど、痛いというか冷たい感じがする。色で言うと白か銀。そしてずっと続いているので、だんだん痛いという感覚が分からなくなってくる。

つくづく、こわい。薬が効いている間は痛みがほとんどないので、あれ私元気なのでは、とか思う。しかしちょうど薬が切れる時間になるとキッチリ痛みが戻ってくるのでやっぱり元気じゃないということを思い出す。感覚としては、痛み「ただいまー」私「おかえりー」なのだが、よく考えるとそれは違う。痛みは一日中私のそばにいるのだが、私が痛み止めというサングラスをかけて、そいつを見えなくしているだけだ。だから実際は、痛み「ずっとここにいるよ」私「ああいたんだね」という感じ。

 大丈夫という言葉が欲しいけど大丈夫じゃないんだからそんな根拠のないことなんて言わないでとも思う。だれか私のそばにいて。ひとりじゃ耐えられないよ。

 

1/18

MRIを受けて来た。思ってたのと違う苦痛だった。音のうるささや恐怖が来ると思っていたけど、そんなより、身体を固定するためにお腹の痛い部分を締め付けられたのが苦しかった。MRIの仕組みはよく知らないが、超音波のようなものを使って身体の中まで輪切りみたいな状態で映し出せるようだった。ピーピーブーブーと大きな音がずっと鳴る。かなりうるさくなるので、耳栓代わりにヘッドフォンをして音楽を聴くことができます、好きなのを選んでください、と音楽のリストが渡された。クラシックとかアイドルとか色々あったが、私はミスチルを選んだ。ミスチルはそんなに詳しくないのだが、たとえ知らない曲が流れても、あの力強くて優しい桜井さんの声が聴けたらきっと心の支えになるだろうと思ったからだ。検査は20分程度かかるとあらかじめ教えられていて、1曲がだいたい5分くらいだから4曲聴く頃に終わる計算で、実際は4曲目の途中で終わった。ハリドリ(ユニバーサルスタジオにあるハリウッドドリームザライドという、座席から音楽が流れるジェットコースター)のようだった。まぁそれは後で思ったことで、そのときはそんなにワクワクしなかった。それよりも、絶対音感の人だったら、ブーブーいう音程が変わるたびにどの音か当てられるんだろうな、とか考えていた。私は相対音感しかないので、最初に「この音がドです」と教えてくれていれば多分その後の音は当てられたのにと思って少し悔しかったが、これは検査であり決してそういう音を当てるゲームではないのでそんなことで悔しがるのはおかしかった。

検査結果は1週間後に出る。結果を知るのは先だが、状況としてはもう確定しているということだから、その中どんな気持ちで1週間過ごせばいいのか。入試を受けてから発表の日までの受験生みたい。

 

1/20

実家にいる。元々の病気に加えて風邪をひいてしまって、もうやっていけないので帰ってきた。厳密に言うと実家ではないが、家族が何人かいるからそこはお家といえる。そろそろ来週のバイトのシフトを出さないといけないけれど、検査の結果も出ないし、この先のことが全く読めないから来週もきっと働けない。人手不足なところ申し訳ないが、俊敏に動けないのに働けるわけがない。私は、どうなるのかしら。

ところで、常に違和感というか痛みがあるので、もう痛いのか痛くないのか、 痛いとは何なのかが分からない。動けるのか動けないのか。動けない気がしているだけで実際は動けるのか、分からない。病は気からというが、これはその類なのかわからなくて、辛い。

 

1/23

昨夜は本当にしんどかった。痛み止めを飲んでから効くまで痛くて辛くて、しくしく泣いていた。狭い家にそんな私がずっといるものだから、家族のバランスが崩れてしまったのがわかる。しかし私の存在はきっかけでしかなく、元々上手くいっていないのが今露わになっただけだとも思えた。姉と母を見ていると、もっとこうすればいいのにと思うことがたくさんでむずむずするけど、それは二人の問題である。私は聞かれれば何か意見を言えばいいけれど、基本的に愚痴をきく係に徹するのがいい気がした。結局のところ、家族であっても他人という意識が私の中にあるのかもしれない。たまたま血が繋がっていたり一緒にいる時間が長かったりするから自然と分かり合える部分が大きいけれど、それでも絶対に分かり合えない部分がある。助けられない部分がある。それをもう諦めてしまっている私は冷たいのだろうか。愛が足りないのだろうか。姉は外面はいいが家族にはよくきつい態度を取る。家族といえど他人のようなものだということを分かっていないのだろうか。もうみんな大人なんだから、私以外の家族の問題は私以外で何とかして欲しい。私は今、自分のことで手一杯なのだから。

 

1/25

検査の結果が出た。MRIで撮った私の内臓の輪切り画像を、お医者さんと母と私の3人で眺めた。おお、分かりやすく患部が大きく写っていた。ラッキーなことに、それは左右1個ずつある臓器で、健常な方と比べて見ることができた。大きさや形が明らかに違っているのが分かって、なるほどこれは痛くて当たり前だなと思った。お医者さんが病名を告げた。変な話だが、予想通りの病名だったので、少しほっとした。病名が分からないというのは先が見えないことなので本当にストレスフルである。それが、病名が明らかになり、治療方針が立ったので嬉しかった。

2/7

最初に病院に行った日から1ヶ月経った。もう2月か。今の所、良くなっていくという実感はなくて、ずっと足踏みしている気分だ。こんな風に、気付いたらもう4月で新学期、なんてことが起こりそうでこわい。今日はやっと、祖父母に病気のことを打ち明けた。ちょうど同じ時期に祖父が体調を崩していたので余計な心配をかけたくなくて、言えずにいたのだ。だから祖父母のいる実家ではなくて、実家から少し街に出たところで暮らしている姉の家に転がり込んでいる。母はその家と実家を行き来して私や祖父母の面倒を見ているのだが、祖父母には私が帰ってきていることは黙っていた。打ち明けたと言っても母が少し話してくれだだけで、私は直接会ってはいない。祖父の体調も落ち着いたということで、明日とうとう本当の実家に帰って祖父母に会う。楽しみなんだか楽しみでないんだか分からない。

2/8

祖父母のいる実家に帰ったが、気を遣ってか病気のことには全く触れられなかった。代わりに学校のことやサークルのことを色々聞かれた。しかし私は最近学校もサークルも行けず、頭の中も病気のことでいっぱいだったのでそんなことを話すのは逆に苦痛だった。もうやめて。気を遣わないで。病気の話をさせて。しばらく我慢して楽しそうに学校の話をしてみせたが、こちらはそうやって気を遣い、向こうも無駄に気を遣い、どちらも得しない状況、変だなと思った。祖父の病気の話を聞いて、そのついでにポロっと自分の話もした。優しく聞いてくれたので勢いで全部話して、とても楽になった。1番嬉しかったのは、まだ実家に帰って来る前に一人暮らしをしながら自分で色んな病院を回ったこと、検査も一人で行ったことに対して、えらいねよく頑張ったねと言ってもらえたことだった。そんなの当たり前だから労うことでもないだろうと思われるかもしれないが、しんどいときに一人で病院に行くのはとても辛い。ただでさえしんどくて判断力が低下しているのに、どの病院に、いつ、どうやって行くか、学校やバイトは休むか、そういう判断を全部一人でしなければいけないのだ。そして行った先で告げられるショッキングなことを一人で受け容れるのもなかなか辛い。もう大人なんだし自分の身体のことを自分でなんとか助けなくてどうするんだ、その一心でずっと気を張り詰めて頑張ってきたので、祖母のその労いの言葉に泣きそうになった。ちなみに母は、具体的に解決に繋がること(病院に行くとか薬を飲むとか痛いところをマッサージするとか)は大事にするけれど、どうにもならない状況を一緒に嘆いたり慰めてくれたりすることはないタイプなので、祖母はその分を補ってくれていると感じる。もちろん、本当にしんどいときに同情だけされても仕方がないのでどちらがいいとか悪いとかいうわけではなくて、どちらも違う形の優しさであり、今の私はその両方を求めているから、その二人が側にいてくれてとてもありがたい。

2/11

昨日新しい病院(今までは下宿先の近くの病院にかかっていたが、実家に帰ってきたためこちらの近くの)に行って、色々症状を訴えたところ飲む薬が変わった。今までの薬は進行を止めることはできても直接治療にはならないものだった。新しい薬は進行を止めるだけではなく患部を萎縮させる働きがあるらしい。だから痛みの根本を取り除くことに繋がるので、私はとても希望を持っていた。しかし値は張った。その薬自体に痛みを抑える効果があるため痛み止めは処方されなかった。そのせいか分からないが、今とてつもなく身体が痛い。‪お腹と腰と脚が痛い。気休めにスマホゲームのツムツムをすることもできないくらいに痛い。ミスチルを流しながらしくしく泣いてるけど、これだと元気になってからミスチルを聴いたとき今のこと思い出すんだろうなと思ってまたそれがかなしくてしくしく泣く。そういえば検査の時もミスチルだったし、闘病ソングになってしまう。でもいいか。私の中に部活ソングも、受験ソングも、病みソングも、恋愛ソングも、思い出とリンクして色々あるけど、それを聴いて懐かしいと思えるということはもう終わっているということだ。その時を楽しみにしていればいいか。

バレンタインが近いので、街中バレンタインイベントで溢れている。はずである。私はあまり出かけないので確かめてはいないが、少なくとも私がハマっているツムツムというゲームではバレンタインイベントが開催されているし、ネットでもよく見る。しかし、私は今チョコレートという言葉をあまり聞きたくなかった。なぜならば今患っている自分の病気というか症状の名前が「チョコレート嚢胞」と呼ばれていて、これは患部の見た目から付けられた名前なのだが、どうしてもチョコと聞くと痛いお腹のことを思い出してしまうのであった。

この話はあまりしたくない、というのはいくつかあって、それはいつ治るのかということと(これは自分でも分からないし考えるのが辛いから)、車のこと(自動車学校の期限が迫っているのに通えない状況なので非常に焦っている、しかしいくら心配したところでどうにかなることではないから)で、このこと以外には今の所話したくないことはない。といっても今私の頭の中は自分の身体のことしかないんだけども。まぁとにかく変に気を遣わないでほしい。

 

以上、こんなに長いのは初めて書いた。といってもこれは何日もかけて少しずつ書いた日記を集めたみたいなやつなので、そんなものだろう。これからも少しずつ書くし、気が向いたら公開もする。